
目次
こんにちは、柏の葉キャンパス矯正歯科の院長の小松です。
「出っ歯を治したいけれど、歯は抜きたくない」 「マウスピースで治せると聞いたが、本当に動くのか」
矯正の相談で、とても多くいただくご質問です。
今回は、歯を抜かずに、マウスピース型矯正装置とアンカースクリューを使って治療した35歳男性の症例をご紹介します。上の前歯が出ていて噛み合っておらず、さらに歯並びの中心(正中)が左右にずれている状態でした。
この方の治療で行ったのは、左上の奥歯だけを後ろに動かすという方法です。なぜ片側だけなのか、なぜ抜かずに済んだのか、そしてどこまで変わって、どこは変わらなかったのかを、実際の経過とあわせてお話しします。
先に、正直なところをお伝えします。この治療で噛み合わせと歯並びの中心は改善しましたが、口元の突出感(いわゆる口ゴボ)の変化はわずかでした。 歯を抜かない治療には、できることとできないことがあります。その線引きも含めてご説明します。
この症例のまとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年齢・性別 | 35歳・男性(千葉県流山市在住) |
| 主訴 | 前歯の噛み合わせが気になる。出っ歯で前歯が噛んでいない |
| 診断名 | 左右の非対称を伴う上顎前突 |
| 抜歯 | なし(非抜歯) |
| 使用装置 | マウスピース型矯正装置、歯科矯正用アンカースクリュー |
| アンカースクリュー | 上顎左側の歯槽部(第一大臼歯と第二大臼歯の間)に1本 |
| 主な歯の移動 | 左上の臼歯部の遠心移動(奥歯を後ろへ動かす) |
| 動的治療期間 | 2年6か月 |
| アライナー枚数 | 合計約90枚(初回50枚+追加20枚+追加20枚) |

治療前の口腔内写真

治療後の口腔内写真

治療前後の顔写真
主訴は「出っ歯」ではなく「噛めないこと」だった
この方が最初におっしゃったのは、「前歯の噛み合わせが気になる」でした。
見た目の出っ歯を気にして来院される方が多いなか、この方の主訴は機能でした。上の前歯が前に傾いているため、前歯どうしが当たらず、麺類を噛み切る、前歯で食べ物を挟むといった動作がしづらい状態です。

前歯がかみ合っていない状態
検査をすると、次のことが分かりました。
- 上の前歯が前方に傾斜している(上顎前突)
- 上下の前歯の重なりが少なく、前歯で噛み切れない
- 上の歯並びの中心が、顔の中心に対してずれている
- 左右で奥歯の噛み合わせの位置が違う(左右の非対称)
つまり、単純な「前に出ている」だけの出っ歯ではなく、左右のバランスが崩れたことによって前歯の噛み合わせが悪くなっている症例でした。

出っ歯そのものの一般的な原因や治療法については、出っ歯(上顎前突)の矯正治療で詳しく解説しています。
歯を抜かずに治すには、奥歯を後ろに動かす
「並べる場所」をどうつくるか
歯並びを治すには、歯を動かすためのスペースが必要です。前歯を後ろに下げるにも、ずれた中心を戻すにも、その分の場所がいります。
スペースをつくる方法は、大きく3つです。
| 方法 | 内容 | 得られるスペース |
|---|---|---|
| 抜歯 | 主に第一小臼歯を抜く | 片側7〜8mm程度 |
| 遠心移動 | 奥歯を後ろへ動かす | 片側2〜3mm程度 |
| IPR(歯の側面を少し削る) | 歯と歯の間を0.2〜0.5mm削る | 全体で数mm |
今回選んだのは、遠心移動です。奥歯を後ろへずらすことで、前方にスペースをつくります。
抜歯は確実に大きなスペースが得られますが、健康な歯を失います。一方、遠心移動で得られる量は片側2〜3mm程度にとどまります。必要な移動量が小さい症例では遠心移動、大きい症例では抜歯、という判断になります。
この方の場合、ずれているのは主に左側でした。左上の奥歯が前方にずれ、それによって歯並びの中心が右にずれ、前歯が前方に押し出されていたのです。必要なスペースは左側に限られていたため、左上だけを後ろに動かせば足りると判断しました。
抜歯が必要になる症例との違いについては、で解説しています。
マウスピース型矯正装置は、遠心移動が比較的得意?
マウスピース型矯正装置は、すべての歯の動きが同じように得意なわけではありません。動きの種類によって、計画どおりに動く割合(移動精度)が違います。
研究では、マウスピース型矯正装置全体の移動精度は平均40〜60%程度と報告されています(文献1、文献2)。つまり「1mm動かす設計にしても、実際には0.4〜0.6mmしか動かない」ことが起こります。
ところが、奥歯を後ろに動かす動き(遠心移動)については、比較的成績が良いとも報告されています。上顎大臼歯の遠心移動の精度は約87%と報告されており(文献3)、成人を対象とした研究では平均2.25mmの遠心移動が達成されたとされています(文献4)。一方で、これらの報告では研究デザインに一部課題があるなど、情報の受け止め方としては慎重にとらえる必要があると考えます。
ただし、ワイヤー矯正治療単独と比較したときにはたしかに歯を抜かない遠心移動というのは、マウスピース型矯正装置の得意分野のひとつです。今回、装置としてマウスピース型を選んだのは、この点が理由のひとつでした。
なぜアンカースクリューが必要だったのか
「後ろに押す」と「前に押し返される」
ここが、この症例で一番のポイントです。
歯を動かすとき、力は必ず両方向にかかります。奥歯を後ろへ押せば、その反作用として前歯が前に押し返されます。これをアンカレッジロス(固定の喪失)といいます。前述の遠心移動が得意という
つまり、何も対策をせずに奥歯を後ろへ動かそうとすると、
- 奥歯は少し後ろに動く
- その代わりに前歯が前に出る
- 結果として、出っ歯が悪化する
という事態が起こりえます。出っ歯を治すために治療しているのに、逆方向に進んでしまうわけです。
固定源としてのアンカースクリュー
この反作用を受け止めるために使うのが、歯科矯正用アンカースクリューです。顎の骨に直径1.4〜2.0mm程度の小さなネジを埋め、そこを動かない支点(固定源)として使います。
歯を支点にすると、その歯自体が動いてしまいます。骨に埋めたネジは動かないため、動かしたい歯だけを動かせるようになります。
この方には、上顎左側の歯槽部、第一大臼歯と第二大臼歯の間に1本設置しました。ここからゴムで左上の臼歯を後方に引くことで、前歯に反作用を及ぼさずに奥歯だけを後ろへ動かしました。
アンカースクリューを使った治療では、前歯の後退量が明らかに大きくなることが、複数の研究をまとめた解析で示されています(文献5)。
装置の詳細や、埋入時の痛み・費用については、をご覧ください。

歯科矯正用アンカースクリューとは?
片側だけに使うと、別の問題が起こる
さらに、今回は左側だけを動かす計画でした。ここにもうひとつの注意点があります。
左側だけを後ろに引くと、その力で歯列全体が左に引っ張られて回転することがあります。左側だけを動かしたいのに、右側まで巻き込まれて動いてしまうのです。
これを避けるため、
- 固定源を歯ではなく骨(アンカースクリュー)に置く
- マウスピースの設計で、動かしたくない歯を一体で固定する
- 顎間ゴムで左右のバランスを調整する
という組み合わせで管理しました。片側だけを動かす治療は、両側を均等に動かすより難易度が高くなります。

治療の経過:アライナー90枚が意味すること
この方が使用したマウスピースは、合計で約90枚です。内訳は次のとおりでした。
| 段階 | 枚数 | 内容 |
|---|---|---|
| 初回 | 50枚 | 左上臼歯の遠心移動、正中の改善 |
| 追加① | 20枚 | 実際の動きと計画のずれを修正 |
| 追加② | 20枚 | 最終的な噛み合わせの微調整 |
この「追加」は、治療がうまくいかなかったという意味ではありません。
先に述べたとおり、マウスピース型矯正装置の移動精度は100%ではありません。計画では動くはずの歯が、実際には途中で止まることがあります。そのため、ある程度まで進んだ時点で歯型を取り直し、その時点の実際の歯並びから新しい計画を作り直します。これをリファインメント(再設計)といいます。
リファインメントは、マウスピース型矯正装置による治療では標準的な工程です。むしろ、追加を一度もせずに終えられる症例のほうが少ないと考えています。当院では、初回の計画を立てる段階で、追加が必要になる可能性をあらかじめご説明しています。
治療期間が2年6か月になったのも、この再設計を2回行ったためです。歯を抜かない治療は期間が短い、とは限りません。 抜歯矯正治療よりも、時間がかかることもあります。
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「自分の場合、歯を抜かずに治せるのだろうか」
この判断には、ガタツキの量や、歯の前後的な位置、垂直的な位置から必要な移動量を正確に測る必要があります。数ミリの違いで、抜歯か非抜歯かが分かれます。見た目だけでは決められません。
当院では初回カウンセリングで、おおよその見通しと、精密検査で何を調べるのかをご説明しています。他院で「抜歯が必要」と言われた方のご相談も承っています。
▶ 初めての方へ(カウンセリングの流れ) ▶ WEB予約はこちら ▶ お電話:04-7192-7894
治療結果:変わったところと、変わらなかったところ
改善したこと
- 前歯が噛み合うようになった(主訴の解消)
- 歯並びの中心のずれが改善した
- 左右の奥歯の噛み合わせの位置が揃った
- 上の前歯の傾きが改善した
- 歯を1本も抜かずに治療を終えた(親知らずは抜歯しています)

治療前後の前歯のかみ合わせ

変わらなかったこと:口元の突出感
正直にお伝えします。この方の口元の突出感(いわゆる口ゴボ)は、それほど改善していません。
理由は、治療の仕組みそのものにあります。
前歯を大きく後ろに下げるには、大きなスペースが必要です。抜歯をすれば片側7〜8mmのスペースが得られ、前歯を数ミリ単位で後退させられます。その結果、上唇の位置が下がり、横顔が変わります。
一方、遠心移動で得られるスペースは片側2〜3mm程度です。このスペースは、歯並びを整え、中心のずれを直すために使われます。 前歯を大きく下げる分までは残りません。
つまり、
| 目的 | 非抜歯+遠心移動 | 抜歯 |
|---|---|---|
| 噛み合わせを整える | 対応できる | 対応できる |
| 歯並びの中心のずれを直す | 対応できる | 対応できる |
| 口元を大きく下げる | 難しい | 対応しやすい |
という違いがあります。
この方の場合、主訴が「前歯の噛み合わせ」だったため、治療のゴールをそこに置きました。事前に「口元の変化は限定的です」とご説明し、ご納得いただいたうえで非抜歯を選択しています。
もし主訴が「口元を下げたい」であれば、同じ検査結果でも抜歯を提案していた可能性が高い症例です。
口元の突出がどこまで変わるかについては、で詳しく解説しています。
治療後の保定について
矯正治療は、装置を外して終わりではありません。動かした歯は、元の位置に戻ろうとします(後戻り)。
特に今回のように左右のバランスを変えた症例では、保定装置(リテーナー)の使用が重要になります。詳しくはをご覧ください。
治療費用(当院の場合)
| 項目 | 費用(税込) |
|---|---|
| 精密検査料 | 49,500円 |
| 基本料金 | 990,000円 |
| 再診料 | 5,500円 × 12回 = 66,000円 |
| 合計 | 1,105,500円 |
※矯正歯科治療は、公的健康保険適応外の自費(自由)診療です。
本治療におけるリスクと副作用
- 歯根吸収(歯の根が短くなることがあります)
- 歯肉退縮(歯ぐきが下がることがあります)
- 後戻り(保定装置を使用しない場合、歯が元の位置に戻ることがあります)
- 知覚過敏、歯髄充血
- 装着時間が不足すると、計画どおりに歯が動かず、治療期間が延長することがあります
- 追加のマウスピース製作(リファインメント)が必要になることがあります
- アンカースクリューの脱落、埋入部位の炎症が起こることがあります(脱落した場合は再埋入を行います)
- 治療中に虫歯・歯周病が生じることがあります
- 顎関節の症状(音、痛み)が出ることがあります
※治療効果やリスクには個人差があります。
【未承認医療機器であることの明示】
当院で使用しているマウスピース型矯正装置(エンジェルアライナー、インビザライン)は、
医薬品医療機器等法(薬機法)の承認を受けていない医療機器です。
【入手経路等】
エンジェルアライナーは、エンジェルアライナー社(中国)の製品であり、エンジェルアライナージャパン株式会社を介して入手しています。インビザラインは、アライン・テクノロジー社(米国)の製品であり、インビザライン・ジャパン合同会社を介して入手しています。なお、未承認医療機器の使用による健康被害は、医薬品副作用被害救済制度の対象となりません。
【国内の承認医療機器の有無】
国内には、同等の性能を有するマウスピース型矯正装置として薬機法の承認を受けた医療機器は存在しません。
【諸外国における安全性等に係る情報】
インビザラインは、1998年に米国FDA(食品医薬品局)の認証を受けており、世界100か国以上で使用されています。
エンジェルアライナーは、中国NMPA(国家薬品監督管理局)の承認、欧州CEマーキング、米国FDAへの医療機器登録(Class II)を取得しています。いずれも、矯正治療に共通するリスク以外に、重大な副作用の報告はありません。
歯科矯正用アンカースクリューについては、薬機法の承認を受けた製品を使用しています。
柏の葉キャンパス矯正歯科の考え
私がこの症例で大切にしたのは、「抜くか抜かないか」を先に決めないことです。
矯正の相談では、「歯を抜かない治療をしてほしい」というご要望をよくいただきます。お気持ちはよく分かります。健康な歯を抜くことに抵抗があるのは自然なことです。
ただ、抜歯・非抜歯は手段であって、目的ではありません。先に決めるべきなのは、その方が何を治したいのかです。
今回の方の主訴は「前歯で噛めないこと」でした。必要な移動量は左側の2〜3mmで、遠心移動の範囲に収まりました。だから非抜歯で成立したのです。非抜歯にこだわった結果ではなく、検査した結果そうなったということです。
逆に、口元を大きく下げたい方に、無理に非抜歯で対応しようとすると、前歯を前方に押し出すことになり、かえって口元が出ることがあります。「歯を抜かない」ことを目的にすると、本来の希望から遠ざかることがあるというのが、私の考えです。
もうひとつは、左右差を見逃さないことです。今回は左右の非対称が問題の出発点でした。正面から見た歯並びの中心のずれは、多くの場合、片側の奥歯の位置のずれから生じています。前歯だけを見て治療計画を立てると、中心のずれは残ったままになります。精密検査では、必ず左右の奥歯の噛み合わせの関係を確認しています。
よくあるご質問
Q1. 歯を抜かずにマウスピース矯正で出っ歯を治せますか?
必要な移動量によります。奥歯を後ろへ動かして得られるスペースは片側2〜3mm程度です。この範囲で収まる出っ歯であれば、歯を抜かずに対応できる可能性があります。前歯を大きく後退させる必要がある場合は、抜歯を含めた検討が必要です。
Q2. 奥歯を後ろに動かすと、痛みはありますか?
マウスピース型矯正装置による移動は1回あたりの量が小さいため、痛みは比較的穏やかです。新しいマウスピースに交換した後の2〜3日に、締めつけられるような感覚が出る方が多いです。
Q3. アンカースクリューを入れるのは痛いですか?
埋入時は局所麻酔を行うため、処置中の痛みはほとんどありません。麻酔が切れた後に数日、鈍い違和感が出ることがあります。詳しくはをご覧ください。
Q4. アライナーが追加になるのは、失敗したということですか?
いいえ。マウスピース型矯正装置による治療では、計画と実際の動きにずれが生じるため、途中で歯型を取り直して再設計することが一般的です。今回の症例でも2回の追加を行っています。あらかじめ想定しておく工程だとお考えください。
Q5. 親知らずがあっても、奥歯を後ろに動かせますか?
親知らずの位置によっては、後方へのスペースがなく、抜歯が必要になることがあります。パノラマレントゲンやCTで、後方にどれだけ余裕があるかを確認したうえで判断します。
Q6. 治療期間が2年6か月というのは長いですか?
成人の矯正治療としては標準的な範囲です。歯を抜かない治療は期間が短いと思われがちですが、1回の移動量が小さいため、必ずしも短くなるわけではありません。
Q7. 治療中、仕事に支障はありませんでしたか?
マウスピース型矯正装置は取り外しができるため、装置が目立つことによる支障は少ないです。ただし1日20〜22時間の装着が必要で、食事と歯みがき以外は装着し続けることになります。
まとめ
今回は、35歳男性の左右の非対称を伴う上顎前突に対し、マウスピース型矯正装置とアンカースクリューを併用して、歯を抜かずに治療した症例をご紹介しました。
- 左上の奥歯を後ろへ動かすことでスペースをつくり、非抜歯で治療した
- 反作用で前歯が前に出るのを防ぐため、上顎左側にアンカースクリューを1本使用した
- 治療期間は2年6か月、アライナーは合計約90枚(追加2回を含む)
- 前歯の噛み合わせと歯並びの中心のずれは改善した
- 口元の突出感の変化は限定的だった
歯を抜かない治療には、できることとできないことがあります。大切なのは、ご自身が何を治したいのかをはっきりさせたうえで、それに必要な移動量を測ることです。抜歯か非抜歯かは、その結果として決まります。
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柏の葉キャンパス矯正歯科では、初回カウンセリングを受け付けています。
「歯を抜かずに治せるか知りたい」「他院で抜歯と言われたが、他の方法がないか相談したい」という方は、一度ご相談ください。レントゲンや口腔内の状態を確認したうえで、考えられる選択肢をご説明します。
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柏の葉キャンパス駅から徒歩5分。流山おおたかの森駅、柏たなか駅、守谷駅からもお越しいただいています。
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